信仰と意義

身代り不動尊のご本尊

身代り不動尊のご本尊は大日大聖身代り不動明王でございます。

 

不動尊は忿怒形を示し、厳しい形相を現し貧瞋痴の三毒や悪魔を折伏、
青黒色は大威猛金剛不壊と慈悲心の象徴であり、
右手の利剣は智体と折伏、羂索は大乗の収摂を表し、
一眼で天を睨むは向上心と理想を、
地を睨むは向上心で現実に即し、
背の大火炎は大智慧を以て悪行煩悩を焼尽し、
大盤石確乎不動にして動揺せざる姿を顕現しております。

 

大日大聖身代り不動を祈願信仰により加持感応、
功徳、利益、霊験、信力、加護、甚深無量なり。

開山喜衆聖人像

身代り不動尊の始まり

祐天上人護持の不動尊であります諸国を行脚されて
江戸時代に病が蔓延し不動尊の信仰を勧め
ご利益をうけた人々は上人を崇敬されました。

 

開山喜衆聖人は明治二十三年不動尊に起依して
明治三十七年成田山管主照勤大僧正導師により
遷座式大法要を厳修、瀬田より二子渡し信者随喜等大行列は延々二十余丁も続きました。

 

昭和三十九年正衆大僧正は本堂信徒会館を建立し
導師随喜お稚子出入職人の木遣りお練り行列は何キロも続き、
醍醐寺管長岡田宥秀大僧正猊下導師による落慶大法要、紫灯大護摩、火渡りを
厳かに連日賑々しく行われました。

 

真言宗醍醐派総本山醍醐寺より別格本山の栄誉を賜りました。
不動尊道は請願道路で広く利便になりました。

 

昭和四十二年武蔵・相模の不動尊の協力により
正衆大僧正は武相不動尊二十八札所を創設し発祥の地であります。

 

昭和四十四年酉年に第一回大開帳が
五月一日〜二十八日に盛大に執り行われました。

 

宥衆大僧正により熱海別院、弘衆中僧正と共に
横浜・東京別院、平成二十三年川崎新本堂建立、
醍醐寺管長仲田順和大僧正猊下導師により落慶大法要を厳修いたしました。

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